chiharu410kun’s diary

成東高校陸上競技部の状況と成功メソッドについて掲載

IDYD・・・

恐れていたことが現実化してきたというべきか!?まさかの事態か!?

いずれにせよ現実は受け入れざるをえませんね。

定期考査も終わり、ミーティングで目標設定や成長成功への心構えと習慣変革について

確認して、”さあこれから!”と出発したばかりなのに、出鼻を挫かれた形となりました。95%の人は心も気持ちもテンション下がり気味でしょうが、

5%の君たちは”よし!やれることやろう”と前向きに思っていることでしょう!

I・D・Y・D=いつでも、どこでも、やる気になれば、どこでもできる!

本気になれば、できます!

 

<昔話>

大学3年冬、父が急逝し、小売りの自営業の経営に困り、自分は帰省し、家業を手伝った。朝8時から夜8時まで。ずっと混雑しているわけではなかったが、なかなかまとまった時間が取れず、練習に苦慮した。

2月下旬に練習が休みになったと大学の仲間が陣中見舞いに来てくれた。

冬季練習の話や室内陸上の話などの近況報告を聞かされ、羨ましかったし心は焦った。

励ましの言葉にやっとの思いでお礼を言ったを思い出す。

自分の練習は閉店後8時過ぎから、ジャージブレーカーに着替え、真っ暗な中のロード走が中心、ちょっとした補強や柔軟だけだった。犬に吠えられ、車のクラクションが煩わしかったが7~8kのロード走をビルドアップ的にやるのがメイン練習だった。

「みんなは専門的な練習をしていたり、室内大会に出たり」

ここで心が折れたら終わりだ。やれるだけのことはやろうと思ったが習慣化したらそれほど大変ではなかったと記憶している。お腹だけはすいていた(笑)

暗闇の中、東金中学校のグランドで流したら、凍ったグランドの足跡にハマり、捻挫もあった。「もうだめだ」とやけ酒を飲んだが、翌日は気を取り直し、片足縄跳びほか、できることを考えてやった。

4月に大学に戻り、1試合だけレースに出場、イマイチだったが、月末のインカレ選考会では何とか3番目で、関東インカレの学内代表になれた。当時の順大は大学NO1の大学で高校トップレベルの高校生が毎年入学して代表になるのも必死だったが、何とか間に合った。関東インカレでは準決であと一人で決勝進出を逃して悔しかったが、何となくやりがい感はあった。高校時代に思った「あの時練習しておけばよかった」という

言い訳をしないことができたように思えたからだ。

 

非常に難しい環境下で無理してはだめだが、情熱をもって、何とか悔いの残らぬ日々を送りましょう!今日、明日、明後日の頑張りは2カ月3カ月先に確実に”力”となるので

各人、熱い心と創意工夫をもって頑張って欲しいと思います。

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